花ちゃんと桃ちゃん

「げっ、げっ、げしょっ、げっしょん…、はぁーくしょーん……」

「じいじ、だいじょうぶ!?」

なにかのせいではげしくせきこんでくしゃみをしたじいじに、

やさしく声をかけてくれたのは2さい半の花ちゃんでした。

じいじはとつぜんえもいわれぬ思いがよみがえりました。

小さいころに、同じようなことがあったのです。

4さいのとき、ころんでしまったじいじに、

2さい半の妹の桃ちゃんが

「にいに、だいじょうぶ?」

といってくれたのです。

いたくて泣きそうでしたが

にいには にっこり笑って

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

2 回くりかえしていいました。

そのことを急に思い出したじいじは

やはり2回「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

と、ほほえみながら花ちゃんに、いいました。

桃ちゃんはにいにをいたわってくれたのです。

桃ちゃんは元気で、明るくて、あたまがよくて、

なによりも、えがおのすてきな、女の子でした。

にいにがふきげんでいるときには桃ちゃんが

いつも、にっこりと笑いかけてくれました。

「にいに、ねえね、かあかあ、とうとう」など、

映画の『母べえ』で使うようなことばも

桃ちゃんが自分で作り出したものです。

「とうとう」は自転車を作っていました。

自転車が売れると、にいにと桃ちゃんは

おこづかいを5円、いただきました。

にいにはコッペパンを買いました。

桃ちゃんはダマあめを買いました。

ダルマあめとは、まだいえなかったのです。

コッペパンはあっというまに食べてしまいました。

桃ちゃんはダルマあめをだいじそうになめています。

ダルマあめは口の中にやっとはいる大きさで、この文の形に

なっていますから、なめごたえがあり、なかなか、なくなりません。

それを見ていたにいには欲しかったけれど、がまんをしました。

そのときのことです。近所に住んでいたわるい子が

桃ちゃんの手からダルマあめをむしりとって

気がくるったように、走りさりました。

とおくのほうで、バカにしたように、

ぺろぺろしているのが見えます。

このときばかりは桃ちゃんも、

まっかになって泣きました。

泣いている桃ちゃんのそばで

にいにも泣いてしまいました。

そんなことがあってからまもなく、

桃ちゃんはえきりになってしまいました。

「とうとう」がいっしょうけんめいお金をかきあつめて

とっこうやくのクロロマイセチンを買ってきて飲ませてみても、

じゅうたいになってしまった桃ちゃんははきだしてしまいました。

「かあかあ」はゲロの中からねだんの高かったクロロマイセチンをひろい、

もういちど口にふくませましたがまたはいてしまって、飲んでくれません。

桃ちゃんはとうとう死んでしまいました。あのかわいい桃ちゃんが…。

桃ちゃんは木のはこに入れられてふかい穴の中にうめられました。

でんせんびょうなので、人にうつらないようにふかくうめたのです。

次の日には頭から足まで白いものを着た人たちが来て、家の中や、

庭の木や、かきねや、道路まで、しょうどくをしていきました。

このときのにいには、4さい半になったばかりでしたが、

しょうどくえきの、においをはっきりと、おぼえています。

もうひとつ忘れられないのはあのわるい子のやったことです。

にいには大きくなり、じいじになって60さいをこえましたが、

いつまでもくやしくて、忘れようにも忘れることができません。

ところがついさいきん、次のように思えるようになってきました。

でんせんびょうのえきりはにいにがかかってもふしぎではないのに

桃ちゃんがかかってふせいでくれたおかげで、助かったんだなぁー。

せんご5, 6ねんしかたっていなかったんだからわるい子もおなかが

すいてどうしようもなくて死にものぐるいでやったんだろうなぁー。

あのときのわるい子も、にいにも、桃ちゃんに助けてもらったおかげで

こうして生きていられるのだから同じことをしたことになるなぁー。

にいにや桃ちゃんが生まれる前には大きなせんそうがありました。

せんそうで多くの人が死にました。本当のことをいうと、殺されました。

生き残った人たちはそれぞれ、死んだ人たちのぎせいがあったから、

生き残ることができました。東京は全部、やけ野原になってしまい、

せんそうが終わってもびんぼうとふえいせいのために人が死にました。

桃ちゃんにも小さな弟がいたのですが、1さいのとき、亡くなりました。

にいにのお嫁さんの兄弟たちも、6人のうち3人が亡くなりました。

それぞれ、えきりや、はいえんや、えいようしっちょうなどが原因です。

えいようしっちょうとはミルクがなかったり、赤ちゃんが、おもゆを、

吐き出してしまって、体にえいようが回らなくなってしまうことです。

そのころは、よいミルクや、りにゅうしょくがなかったのです。

にいにやにいにのお嫁さんは、少し元気だったので、貧乏でも

なんとか生きのびることができたのです。でも肺炎になったり、

げりをしたり、なんべんか、死にそうなけいけんをしました。

いま、にいには花ちゃんのじいじになって、思っています。

桃ちゃんのように、やさしく、おりこうで、かわいらしくて

すばらしかった多くの人たちが、自分をぎせいにしてまで、

へいやかべになってわざわいをふせいでくれたおかげで

じいじもおばあちゃんも元気で生きていられるんだなぁー。

それにしても花ちゃんは、桃ちゃんの生まれかわりのように、

似ているなぁ、どうしてこんなに似ているんだろうなぁー。

じいじはやさしい声をかけてくれた花ちゃんを見ながら

いつまでも、いつまでも、長いあいだ考えていました。

いのちの花

あぶらえ(100ごう)

かいた人いちむらしずえ(花ちゃんのおばあちゃん)

てんらんかいでしょうじょうをいただきました

(全国公募団体創彩会08 年九州展にて大分県教育委員会賞受賞)

単に生きているから「いのち」なのではない。137億年前のビッグバンによる軽元素の生成と100億年前のスターバーストによる重元素の生成と48億年前の超新星爆発によって46億年前に生まれた奇跡の星に38億年に ( わた ) る全生物の進化の過程と400万年もの意識が積み重なったもの・民族の、一族の、家族の、個人の、人から人への思いを背負ったもの・現在と過去、 此処 ( ここ ) 何処 ( どこ ) かがメビウスの輪のようにつながっているもの・時間と空間のすべてが存在しているもの、それが「いのち」というもの。「いのち」は人に取り巻かれ、「いのち」は人を取り巻いている。

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