戦いを勝ち抜くか、人道を貫くか

(人生の選択)

歴史書を読んでみても、日常を振り返ってみても、トラブル解決のためには大きく分けて、2つの方法があることに気がつく。勝つことのみの追求と、もう1つは勝ち負けにこだわらず、人道を貫く方法である。この2つを ( くわ ) しく分析すると、生きるための指針が見えてくるかもしれない。

不思議なことに、歴史の曲がり角においても、現代社会の節目においても、必ずと言って良いほど、相反する性格の人物が綾を描くように出てくる。簡単に言ってしまえば、タカ派とハト派である。まず、タカ派の方からみてみよう。

1 タカ派の必勝法

古来、勝つためには簡単な方法から複雑怪奇な方法まで、あらゆる権謀術数が行われてきた。それらを整理分類してみる。

1 )夜討ち――俗に「寝首を掻く」と言われ、本能寺の変など、最小の力で最大の効果を上げることができる。古今東西を問わず、最も簡単な強盗的手段。(闇討ち)

現代では株の時間外取引でニッポン放送が堀江氏のライブドアに瞬時に買収された。

2 )だまし討ち――酒席に招いて血祭りに上げることは、だまし討ちの常套手段で中央集権のための、ありふれた政策と言って良い。

素朴な先住民社会を「文化国家」が侵略する場合、つまり、アイヌ人を和人が、ネイティブアメリカンを白人が、インカやアステカの人々をスペイン人が「平定」する場合などに、この方法が使われた。

わが郷土の茨城では佐竹氏が自らに集権するため、この方法で周囲の弱小豪族を一網打尽にした。「私の先祖も ( ) られた」という話をよく聞く。新選組の芹沢鴨の子孫などは「ご先祖は勘が働いて酒席に ( はべ ) らなかったから、今でもこの屋敷(城跡)が残っているのです」などと、まるで昨日の出来事のように言っている(玉造町郷土文化研究会会長、海老澤幸雄氏の話)。

あの山内一豊でさえ土佐入国後、 ( いち ) ( りょう ) ( ) ( そく ) と呼ばれる ( ちょう ) ( ) ( ) ( ) 旧臣を虐殺した。NHK大河ドラマ「巧妙が辻」では相撲大会に招いて鉄砲で殲滅している(第47回「種崎浜の悲劇」)。戦国時代においては騙される方にも非があるのかもしれない。

現代に置き換えると、銀座の高級クラブなどで酒色にまみれさせた直後、判を押させるようなものか。経済人はいつでも「今こそ戦国期」という

3 )同士討ちをさせる――にせ情報で 撹乱 ( かくらん ) し、疑心暗鬼にさせると同士討ちが始まる。

斎藤道三が「虎の巻」として使った 六韜 ( りくとう ) (元来、虎の巻とは六韜の中の ( ) ( とう ) をいう)には「武力によらず敵を征服する十二の方法」が書かれている。

@ 相手の歓心を買うことにつとめ、さからったりしないこと。

A 敵国の君主の信頼する臣下に近づいて君主と対立させること。

B 買収工作によって敵国の側近を掌握すること。

C 敵の君主を遊興にふけらせること。

D 敵の忠臣を君主からひき離すこと。

E 敵国の臣下を懐柔して利用すること。

F 敵の君主を「裸の王様」にすること。

G 相手を信頼させること。

H おせじをいってオダてること。

I 誠意をもって相手に仕えること。

J 敵の君主を孤立させること。

K あらゆる方法で敵の君主をまどわすこと。(村山 ( まこと )  徳間書店より)

道三は諜報目的で娘の ( ) ( ちょう ) (濃姫)を信長に嫁がせたが逆に「 ( ) ( ) ( うえ ) の側近の 何某 ( なにがし ) は、この信長と内通している」との撹乱情報にしてやられ、斎藤 義龍 ( よしたつ ) (息子)との同士討ちに敗れる。「策士、策に溺れる」の諺通りであった。

4 )謀略――相手が仕掛けたように自ら工作し、それを理由にして受けてたつ。正義の戦いの隠れ蓑。真相が解明されたときは既に、その事実は風化している。

 関東軍は張作霖爆殺事件(192864日)・柳条湖事件(1931918日)などを自作自演しながら中国大陸に進撃し、ついに数発の銃声がしたとの理由(盧溝橋事件193777日)で全面侵略戦争に突入する。

ルーズベルト大統領は暗号解読により10日前に真珠湾が攻撃されることを知っていたが、虎の子の航空母艦だけを避難させ、戦艦や軍事施設はわざと攻撃させた。

1964年、アメリカは「ハノイの沖にいたアメリカ艦隊がベトナムから攻撃された」こと(トンキン湾事件)を理由にベトナムへの北爆を開始する。ところが後でこれがでっち上げであったことをニューヨークタイムズ紙が暴露した。

5 )闘わずを得ない窮地に追い込む――「 ( きゅう ) ( ) 猫を噛む」の方式をライオンが使う。

真珠湾攻撃の12ヶ月前(194010月)、アメリカのルーズベルト大統領は日本に先に攻撃させるための8項目を創出し、その後着々と実行する。(マッカラム覚書)

6)ばば抜きゲーム

骨董収集は、ばば抜きゲームである。本物のような贋物は次々と初心者の手に渡っていく。初心者はお勉強と称して騙されることも ( いと ) わない。がらくたになるというのに。

株式売買も同じ原理である。人々は2500年以上も前からこの原理に心ひかれた。

奇貨 ( きか ) ( ) くべし=珍しい品物であるから今買っておいて後日利益を得るがよい=得がたい機会だから逃さず利用すべきだ。( ( しん ) の宰相となった ( りょ ) ( ) ( ) が、まだ商人だった頃、 ( ちょう ) の人質になっていた始皇帝の父になる子楚を見て、これをうまく利用しようとして言った言葉。史記 呂不韋伝)

7)戦争屋の論理(まとめ)

「嘘も100回繰り返せば本当になる」(ナチス宣伝相 ヨゼフ=ゲッベルス)式で世論を操作し、(1)から(6)までの方法で後方撹乱・市中撹乱をし、「繰り返し危機を煽れば国民は簡単に戦争に向かう。反戦者は非国民・売国奴として迫害する」(ヘルマン= ゲーリングナチスナンバー2)

これはナチスだけの論理ではなく、古今東西あらゆる戦争屋に共通する論理である。かの西郷隆盛も江戸市中撹乱を図り、カストロやゲバラも撹乱戦を得意とした。

 現代でも、アメリカの指導者などは、危機感を扇動して世論を巻き込み、戦争を起こし、戦争屋主導の経済で安楽な政治をしようとする常習者と言えるかもしれない。日本のポリシーは、もっぱら、そのおこぼれにあずかろうとするもの。これでは世界の物笑いの種になってしまう。

 その「危機」と言われるものを冷静に分析し、あらゆる史実に照らし合わせ、利点欠点を判断し、洞察力を働かせて、とことん回避することを追求する優れた指導者が、この国には、いないのだろうか。

しかし、たとえいたとしても、高揚した危機意識が浸透してしまうと、その優れた指導者は頼りにならないとして、(おろかな)大衆から見放されてしまう。そして、また戦争は繰り返される。

2 ハト派の人道主義

人類がタカ派だけであったなら平和は訪れない。巧い具合にハト派が横糸になって平和を織り成してくれる。では次に、その貴重なハト派をみてみよう。

1)ソクラテスは「悪法でも法は法である」と言い、自らが説いた法治国家の秩序を守るために ( しょう ) ( よう ) として死に着いた。

しかし言わずもがな、真の善悪は法律が決めるものではない、最終的には己自身で決めなければならない。

坂本龍馬は「世の人はわれをなにともゆはばいへ わがなすことはわれのみぞしる」と言いつつ「日本の洗濯」にいそしんだ。自由民権運動の志士たちにも、この考えは見られる。第二次世界大戦の ( ) ( なか ) でも杉原 ( ) ( うね ) やオスカー=シンドラーは自分自身の物差しで事を測り行動した。一人を騙せば詐欺になるが、100万人を騙せば政治になり、一人を殺せば罪になるが、100万人を殺せば英雄になることを法律と言うからだ。

法律よりも上にある物差しのことをイギリスではプリンシュプルと言い、インドではダルマと言い、中国では ( タオ ) 言い、日本では ( はじ ) 、またはオテントウサマと言う。

この恥とオテントウサマこそ、日本そのものの概念であるゆえ、近年それが消え去ったことにより、日本という国も無くなってしまった、とする著作が「亡国のイージス」(福井晴敏 講談社)や「この国の終り」(林秀彦 成甲書房)である。

2)「右の頬を打たれたら、左の頬を出しなさい」とキリストは言う。

3 法然 ( ほうねん ) の父( ( うる ) ( ) 時国 ( ときくに ) )は夜討ちに遭い亡くなるが、死の直前に9歳の法然に言う。「 ( かたき ) ( ) ちはするな、憎んで殺せば、その子も、またお前を憎み、また殺そうとして、 生々 ( しょうじょう ) 世々 ( せぜ ) 殺し合いが続く。出家して敵も味方もなく共に救われる道を求めなさい」と。

4)日本山妙法寺を設立し、平和運動の先頭に立った藤井 ( にっ ) ( たつ ) 上人はマハートマ=ガンディーに影響を与えた人である。

5)マハートマ=ガンディーは至高の解決法、非暴力・不服従の無抵抗主義を確立した。

このときの「塩の行進」などの映像はNHK高校講座などでよく見かける。

6)現代のマルチン=ルター=キング牧師や、ネルソン=マンデラ氏はガンディー思想

の後継者であろう。

NHKの山根基世ナウンサーの文章に次のようなものがある。

一九九五年、NHKスペシャル「映像の世紀」という番組のナレーションを担当した。二十世紀に起こった出来事で、映像に記録されたものを、何年もかけて世界中から集めて作った番組だった。毎月一本ずつのシリーズで、一年間読んでいた。

 ある月、どうにも体調が悪く声が出ず、「もう今月は読めない」とスタジオの中で泣き出したい気分になっていた。

 このときの映像に、アメリカの黒人たちによる無抵抗デモを記録したものがあった。入ることを禁じられたレストランに入り、黙って座っている黒人たちを、白人の警察官たちが殴ったり蹴ったりしながらたたき出す場面が映されていた。番組は、こうした映像をテレビで流すことによって、人権を守り差別を禁止する「アメリカ公民権法」成立への、世界的な世論の流れがつくり出されたことを伝えるものだった。

 スタジオで、まだナレーションの入ってない映像を見ていた私は深い感動を覚えた。そして、「この映像を伝えることで、世の中を変えることができたのだ」と思ったとき、私の身体の中に「なんとしても伝えたい」という、祈るような思いが湧いてきた。

 気がつくと、マイクに向かった私は、椅子から立ち上がるようにして腰を振りながら読んでいた。体調が悪いことも、声が出ないことも、すっかり忘れていた。

 腰から出した声は日ごろより少しマシに思えた。「ああそうか、腰で読むんだ」と、私はこのとき初めて悟ったのである。( 講談社 ことばで「私」を育てる 60頁)

7)マンデラ氏の右腕ともいうべきデズモンド=ツツ氏は ( しん ) ( じつ ) ( ) ( かい ) 委員会の活動をしている。アパルトヘイト期の深刻な人権侵害(拷問・強姦・殺人)をヨーロッパ思考の裁判ではなく、アフリカ的人間観(ンブントゥ)で解決しようとするもの・被害者と加害者が共に真実を語り合い、許しあって、これからも共に暮らしていくという社会の癒し方である。

「人々の人間性を無視することは、自分達の人間性を無視することなのです。抑圧することは、たとえそれ以上でないとしても、被抑圧者と同じくらい抑圧者の人間性を損なうのです。人間になるために、真に自由になるためには、お互いが必要なのです。私たちは人間の仲間、共同体、平和のなかでだけ人間となれるのです」とツツ氏は言う。

 この言葉はガンディーの「弱い者は人を許すことができない。許すということは強さの

( あかし ) なのです」という言葉から導き出されたに違いない。

この真の強さ、真の勇気、そして前向きの姿勢を世界の人々に学んで欲しい。

8)上記では宗教家や思想家ばかり上げたが、本当に、この世界を支えているのは「雨ニモマケズ」の詩の最後に出てくる「そういうもの」という方々、であろう。高尚な宗教や思想は持ってなくとも、まごころを持って 他人 ( ひと ) 安寧 ( あんねい ) のために尽くし、それが己の幸せと思える人たち、どちらかというと女性に多いような気がする。

あの無残な内戦地獄だったルワンダは新憲法で女性議員を3割にすることで、よみがえった。実情は5割を超えているらしく、その方たちが次々と民主的で安定した政策を取り入れているので、見違えるほど明るい国になったという。この女性による平和希求は今に始まったことではない。唐時代の詩に「一将功なりて万骨枯る」とあるが、これは知的な女性が夫を ( いさ ) める形をとったものである。

「あなたにお願いします。手柄を立てて出世をするなどと口にしないでください。1人の将軍が手柄を立てる陰には、何万もの兵士の骨が朽ち果てるのですから」

 戦争屋の夫を持った妻は、このようにして夫を諌め、できれば自らが、為政者に打って出る。このこともまた、世界の人々に学んで欲しい。

ガンディーは ( かさ ) ねていう。

「原子爆弾という恐怖の存在によって、世界に非暴力を実現させることは、できません。

すべての国が原子爆弾を持った場合、もしそれを使ってしまえばすべてを破壊してしまうことになるので、結局原子爆弾を使うことを慎むようになるのではないか、という考え方があります。しかし私はそうならないと考えます。暴力的な男というのは、いま目の前で、より多くの破壊と死を招く見込みがあれば、目を輝かせるものなのです」

9)ユネスコ憲章前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」とある。

3 男と女の果てしなき戦い

個人が直面する最も身近で厄介なトラブルは男女間のものであろう。情け容赦のない戦いになり易く、タカ、ハトのどちらが良いのか、その時点ではわかりにくい。勝った結果立場が悪くなったり、負けた結果立場が良くなることなどは、多くの人が経験しているにちがいない。

日本は古今において恋愛大国であるゆえ、その指南の書には事欠かない。学ぶつもりはなくとも万葉集から『サラダ記念日』まで、源氏物語から『失楽園』までなどを、斜めに読めば大体の男女の機微はわかってしまう。特に江戸時代の好色物は圧巻である。近年の体験的恋愛術の大家、宇野千代は「追いかけないのが、恋愛の武士道である」と、のたまう。

 面白いものでは1975年ポール=サイモン作詞作曲『恋人と別れる50の方法』という歌がある。アルバム『時の流れの中に』の中に収められている作品で、「新しい計画を立てる・裏から抜け出す・遠慮はしない・バスに飛び乗る・話し合わない・鍵を捨ててしまう」などの方法が歌われている。

4 三国志

最後にタカ派、ハト派が入り乱れる壮大な物語を紹介しよう。

三国志(正確には三国志演義)は権謀術数を用いる悪逆非道の人物である 曹操 ( そうそう ) と仁義に厚い ( りゅう ) ( ) 、そしてこの2人に絡む 孫権 ( そんけん ) の物語である。劉備側の ( かん ) ( ) は人情に厚くハト派であることが弱点であり、 ( ちょう ) ( ) は粗野な性格でタカ派であるゆえに多くの間違いを起す。それらを巧くまとめるのが、頭脳の人、 孔明 ( こうめい ) である。

三国志には考えられる限りの駆け引きと、奥深い人情がちりばめてあるゆえ、現代の複雑な社会生活を営む上でも十分に役に立つ。

たとえば、「 ( ) ( にく ) ( さく ) 」や「 ( くう ) ( じょう ) の計」などで相手を信用させた経験は誰にでもあるにちがいない。また、美女を送り込み、奪い合わせて同士討ちをさせる計略など、私も一度やってみたいものである。

そのほかにも、 ( さん ) ( ) ( れい ) 水魚 ( すいぎょ ) の交わり・ ( ) ( にく ) ( たん ) 連環 ( れんかん ) ( けい ) 呉下 ( ごか ) ( ) ( もう ) など、数々の故事成句が生まれている。これらをみてみると三国志演義は、むしろハト派を応援する物語なのかもしれない。

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