風の章
Prologue
風を見たものはいない。己の死を見たものもいない。死は見えない風を見ようとするようなもの。生は見えない風を手に取ろうとするようなもの。
わたしたちは風の存在を風以外のもので知るしかない。したがって、風に風以外の文字を付け足すことによって、風の魅力や風の神秘性を知ることができる。
わたしたちは己の死を、己の死以外で知るしかない。それは他人の死であるか、己の病であるかしかない。風のように、連動して、教えてくれるものが、あればいいのだが……。
わたしたちは何かを感じて風の存在を知る。視覚はもちろん、聴覚・嗅覚ときには触覚・味覚までも動員し、情報を分析し、全体像をつかもうとする。捉えた印象は、風の名前として心に残す。
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・春一番 (立春から春分までの間に最初に吹く強い南風)
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・木枯らし(秋の末から冬の初めにかけて吹く強く冷たい風、国字では凩)
また、関係語として
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などがある。
わたしたちは心の中にも風が吹いている。それは現実の風よりも、もっと不確かだ。風向きや風量は言葉によって推し測ることができるが、黒南風や野分けは表情で知るしかない。鎌鼬などは手足の微妙な震えなどで解る。
舞う言の葉
古文の好きな人には良く知られているが「言葉」の語源は「
「葉っぱ」なのだから、言葉が「舞う、散る、流れる、浮く、淀む」などと表現してもおかしくない。しかし、人を傷つけるものは「言刃」、取り
田を耕すが如く、筆で硯を耕すことを
葉蟻は葉片を巣に運び、醗酵させて食用茸を栽培する。そう、この蟻のように「言の葉」を蓄積して醗酵させてみよう。
めぐる智恵
人生には学ぼうにも学べず、教えようにも教えられないものがある。筆頭は死だが、愛だって、恋だって、出産だって、病気だって皆そうだ。自らが体を張って対決するしかない。我慢すべきは我慢をし、やり過ごすべきはやり過ごし、解決すべきは解決する。
それらの貴重な体験から身についたものを智恵という。智恵は自身にのみ役立つ。人は助けてあげられない。人から学べるものは単なる知識でしかない。
コズミックカレンダーとは137億年前の宇宙の誕生から現在までを1年間に短縮して解り易くしたもの。
それによると、人類の出現は400万年前として12月31日の夜9時38分、人間の一生は90歳として0.2秒である。それなのになぜ人類は宇宙の過去を理解し、宇宙の未来を予測できるのか。
宇宙的に言えば
智恵も継承できれば、いじめも戦争も無くなるのに。
「知恵が回る」などの「知恵」は、むしろ「悪知恵」の方。本当の「知恵」は「智慧」と書き、仏教用語で「真実を見抜く働き」をいう。(知恵=智恵、智は常用外)
「真実」とは以下のこと。
「自分は確かな存在である」と皆、思い込んでいるが、「確かな自分」など、あり得ない。なぜならば、独立した存在と思えるものは皆、「空」であるから。
存在はすべて相互関係(縁)によって成り立っている(
経文に出てくる「
見ても見えていない、聞いても聞こえていない人がいる。目も耳も頭についているが、それは外見であって、本当の目と耳は心についている。
もっとも大切なことは口を心につけること。口先だけでものを言ってはならない。手先や目先に口がついている人がいる。
「心、ここにあらざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず、食らえども、その味を知らず」(心不在焉 視而不見 聴而不聞 食而不知其味『大学』)
たかが人生
人生のできごとなど、すべて、たいしたことではない。過ぎてしまえば、みな笑えることばかり。
かといって、無駄なことも何一つない。遠回りや足踏みはもちろん逆戻りでさえも、振りかえれば、みな血となり肉となっている。
「人生はな、無駄だといえば、みんな無駄なんだ。でもな、その無駄と思える夢を
バカなふりのできる利口な女と、だらしのないふりのできる洗練された男が、のんびり、その日暮らしをすることこそ、人生最高の快楽であろう。
フランス語で ”Art de vivre” (アール=ド=ヴィーヴル) という言葉がある。「自分らしい豊かな生き方」と意訳されるが、本来は「人生を
「人は生きているだけで価値があり、人生に付加価値は無い」ことになっている。では、一生を深く、きびしく、真剣に生きた人も、麻薬患者のように、ただ流されて生きた人も同じなのか。
「命は例えようもない価値があり、一人の命は地球よりも重い」といわれている。しかし「なにものにも代えがたい」といいながら保険金はおりるし、その額はひとり1人ちがう。
過去には戦争に駈り出され、虫けらのように死んでいった人がいる。戦争を企てて大儲けをした人もいる。いずれの命も同じといいきれるか。
誰しも、現実は辛いゆえ眼をそむけ、耳あたり、口あたり、眼あたりのよい
心の眼を
もちろん、人生はいかに深く真剣に生きたかの総量で評価したい。
夫婦、親子、兄弟姉妹、先生と生徒などの親しい間柄はお互いに、はぐくみ合う関係でありたいなぁ。「はぐくむ」って、「育む」と書くけど、もともとは「
孫たちにさえ、はぐくまれていることをつくづくと感じるなぁー。
されど音楽
ミュージシャンの仕事は原則として1回ごとの自由契約である。厭な仕事はやらなくて良い。そのせいか社会的にも自由度は、かなり認められているようだ。しかし、そのための犠牲は計りしれない。
サラリーマンにはつきものの月給・ボーナス・年金・退職金などは一切ない。収入は税務用語で報酬と呼ばれるものだけ。それも源泉徴収所得税を10l差し引かれてから手元に入る。ほかには何も無い。労働組合はあるにはあるが形ばかりのもの。
逆にあるものといえばスランプやブランク、そして腱鞘炎・難聴・近視乱視白内障・偏頭痛や下痢などの神経性疾患である。
なかには栄光や名誉に恵まれる人もいるが、それでも一生を平均してみれば、せいぜい中くらいのサラリーマンの生活といったところだ。
誰も助けてくれない孤独な職業、これを自由業という。
ジャズを聴くだけで満足することは、人のセックスを覗くだけで満足するようなもの。自分で演奏した方が何十倍も楽しい。自分のやり方でいいんだもの。何はともあれ手っ取り早く始めてしまえばどうってことはない。癒し系でもいいし、激しいのもいい。
義理の息子は
‘Stand by me’という歌がある。
「君がそばにいてくれれば、月明かりだけの暗闇でも、空が落ちてきても、山が崩れ去っても、何も怖くない」
恋人や親友がそばにいてくれるときの力強さ、そして心地よさを素直に歌った名曲である。
“Stand by me?と言われたら“I understand?と答えよう。支えるために
ブルースは泣いて聴くには可笑し過ぎ 笑って聴くには泣けてくるなり
もがり笛ジェレミー・スタイグ 木枯しはジョン・コルトレーンのフラジオの音
安正
美の確定
人の一生は「誕生」と「日常」と「臨終」の三つで、できている。「誕生」は覚えていない。「日常」は忘れている。問題は「臨終」のみ。
幼子でも死に対する漠然とした予感はある。それは、ごく低い割合で微々たるものだ。が、生の一部分としての死のパーセンテージは、年齢が増すとともに確実に増していく。逆転するのは何歳ぐらいであろうか。
そして、あるとき突然、気がつく。死の中のごく一部分が生であることに。
死ぬことは生まれることと変わらない。むしろ、紅葉は新緑よりも美しく、夕焼けは朝焼けよりも美しい。臨終も誕生よりは美的である。
今をときめく映像作家、宮崎
優しさとたくましさに満ちているハイジやペーターと、ともに笑い、泣き、喜び、哀しみながら家族中が感動をもって鑑賞した。娘たちは「ワーイ、わーい」とか「みーんな上げる」などの劇中用語を使いながら成長した。
実は私はこの「アルプスの少女ハイジ」52話のすべてを録画している。孫たちに見せるために。
見終わった孫たちを、わが青春の北アルプスに連れて行きたい。そして言いたい。
「夕焼けって、どうしてあんなに美しいか、わかるかい?……お日様がネ、私たちのいる地球にお別れのあいさつをしているからだよ。お別れするときが何でも一番美しいんだ」
夕焼け色に染まりながら……。
ものの見方
ものの見方、考え方・人心への配慮・社会への洞察力などは年齢を重ねるほど深くなり、味も出てくる。太く、しっかりと根を張った樹木ほど年輪が多く、風格もある。
したがって、
また、
兼好は遅咲きの桜は嫌いだという。芭蕉は好きであったであろう。最も遅く咲く峰桜を愛でるため、わざわざ月山に登るほどであるから。
西行は「願はくば花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」と詠んだゆえ、早咲きの桜が好きなことになるであろう。
ということは西行も兼好も姥桜が好きであったことになる。葉が出るより先に花が開く彼岸桜などの早咲きの桜を、歯のない姥に掛けて姥桜という。ゆえに染井吉野も姥桜である。が、西行・兼好の時代にはまだ創出されていない。
後に女盛りを過ぎても美しさや色気が残っている女性のことを姥桜というようにもなる。掛け言葉の曲解から出たようだ。今は、むしろ正解を知る人の方が少ない。
桜は、早咲きもいいが遅咲きもいい。山桜も枝垂れ桜も、若木も古木も、みんないい。特に峰桜はどうしようもなくいい。芭蕉が命をかけて最北の月山にまで会いに行ったのだもの……。
兼好も西行も峰桜を知っていたなら好んだに違いない。芭蕉は
6月初め、私は信州根子岳山頂直下に咲く峰桜に会いに行く。その可憐さを愛で、清々しさを得て、また一年、生きる
器用で、手早やで、何でもすぐにできてしまう人は、おおいにして長続きしない。周囲とのバランスが取れないため、むしろ危険でさえある。
大成するには、下手の横好きがよい。但し、信念を持っていなければならない。信念を持った不器用な人が強い。
「話す」ことは「放す」ことに通じる。貯め込んだ言葉は「放す」ことによって始めて役に立つ。
「
「余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。
と
小生の場合、運転6時間往復400`の日帰りスキーや登山はめずらしくなく、嬉々として出かける理由の1つには車の中でじっくりと音楽が聴けることにある。そして、自宅はもちろん旅先でも就寝前にワット数の低い白熱球スタンドを灯し、仰向けになって読書をする。これ
ちなみに、「三上」は後世の文人が「
「
かつて「原始、女性は太陽であった」と言った方がいる。その時代、女性は月のような存在であったからであろう。今は太陽どころか超新星のような方が居られる。
懐かしいなぁー、月のような女性。星と戯れ、雲と遊びつつ、闇夜を照らしてくれる。風に流されそうでありながら柳のようにやり過ごし、高貴で、涼しげで、それでいて温かみがある。嗚呼!
ちなみに、年下の男性愛人を「若いつばめ」というようになったのは「原始――」と言った方が雷鳥さんだったから。
歴史を紐解いてみると、どうしてそうなるのか理由の解らない事柄に時々出会う。その1つが「同時代、二つの太陽の不思議」である。勿論、2つの太陽とは天体のことではない。歴史的に見て太陽にも匹敵する二人の人物のことだ。何ゆえ同じ時代に、空前絶後であって、しかも甲乙つけ難い人物が、きっかりと2人、出てくるのであろうか。その理由を知りたい。
老子と孔子・ソクラテスとアリストテレス・李白と杜甫・紫式部と清少納言・空海と最長・道元と日蓮・世阿弥と利休・ダビンチとミケランジェロ・モーツァルトとベートーベン・ショパンとリスト・芭蕉と一茶・山頭火と放哉などである。
「対決 巨匠たちの日本美術」をみた。歴史に残る展覧会であろう。国立博物館学芸員に敬意を表したい。
さて「対決」というからには決着をつけなければいけない。
運慶と快慶は相討ち。運慶の強さ、快慶の誠実さ、甲乙つけがたい。雪舟と雪村も相打ち。雪舟の弟子が雪村と伝えられているが、そうではないように思える。永徳と等伯。この2人こそ真のライバル対決。おそらく、この企画の発想のもとであろう。結果は等伯の勝ち。永徳は歴史を背負った最高の職人、等伯は歴史上最高の精神性を持った芸術家。光悦と長次郎は光悦の勝ち。光悦は芸術家、長次郎は職人。宗達と光琳、宗達は天才、光琳は努力の人。光琳より100年も前にオリジナリティーを打ち出した宗達の勝ち。仁清と乾山はどちらも
それにしても見事な企画だ。こうなると次は「対決 巨匠たちの西洋美術」をみたくなる。10倍の入場料を払ってもいい。ちなみに今回の入場料は1500円。はじめて安いと思った。
ものの考え方
「池波先生には酒徳≠ニいう素晴らしい言葉をいただき、――」と『酒と日本文化』(岩波書店)の105頁にあるように、作家池波正太郎は「酒徳」という言葉を残した。辞書には出ていないが、酒をたしなむことによって得られる喜び、ということであろう。
唐の詩人白楽天は逆に「酒魔」という言葉を使った。熱心な仏教信者であった白楽天は他にも修行の邪魔になるものを上げ、「書魔」とか「詩魔」ともいっている。極論を言えば白楽天が「書魔」や「詩魔」に負けてくれたがゆえ、吾人は名作に親しむことができる。
池波正太郎は酒豪番付に名を残すほどの、「たしなみ」方であったゆえ、おそらく「酒魔」といいたいこともあったにちがいない。
同じことを「魔」ととるか「徳」ととるか、世界観・人生観の違いであろうが、行き着いた先は同じであっように思う。
長野県上田市には池波正太郎真田太平記館がある。また、近隣の小諸市には「酢徳」という食品販売会社があるが、最近の飲料酢ブームに悪乗りした社名ではないようだ。
今年(2008年)は源氏物語千年紀と言われている。源氏物語が1000年もの長い間読み継がれてきた最大の理由は、光源氏の魅力的な性格づけによるものであろう。
光源氏は天皇の子で、将来、天皇になれる地位にありながら、臣下となり、源氏の姓を賜った。そのことにより、天皇のカリスマ性を受け継ぎながら、しかも天皇には不可能な人生の自由を獲得した。
それ以前、天皇に最も近く、天皇になることが可能でありながら、天皇にならなかった人物として聖徳太子がいる。同じくカリスマ性と自由を兼ね備えた人柄は、かの親鸞聖人をはじめ、多くの人々に影響を与えた。
また、紫式部は同時代の白楽天などを通じ、既に世界的なカリスマであった釈迦が、皇太子の地位を捨てて自由の身になったことも、知っていたと思われる。
「カリスマ性と自由」、人は、なぜ、このことに限りない
西行・一休・水戸黄門・芭蕉・山頭火・ふうてんの寅さんなど、庶民的になっても、この原則に変わりはない。
「バカの1つ覚え」や「バカにつける薬はない」などの
最近、「私はバカだから」という前置きをよく聞く。「そうですね」とも「違うでしょう」とも言えない。黙ってやり過ごす。少しでも反応したら認めることになってしまうから。
本人は謙遜をしているつもりらしい。
「バカの壁」のお陰で「バカ」は復権したようだ。使うのはよいことだが、正しく使って欲しい。「言葉狩り」に遭って使い方を忘れてしまったのか。ばかばかしい!(は使える)。
登山は頂の一点が目的であるゆえ迷いにくく、重力により減速されるゆえ事故も少ない。下山は全方向が可能であるゆえ迷いやすく、加速がつくゆえ怪我もしやすい。
人も社会も同じである。人々は汗水を流し、追いかけっこをしてまで迷わず登る。頂上直下の岩壁も、雪崩の起きそうな雪壁も、無理やり登ってしまった。結果、満足したのか。それで、皆が幸せになれたのか。
一歩でも前へ、少しでも上へと、登ることしか考えていなかった人々は、ここにきて、はたと困ってしまった。こんなことなら頂上直下で止めておけば良かった。
はたして岩壁を降りられるだろうか、雪崩を引き起こさないだろうか。岸壁墜落は戦争勃発、雪崩埋没は世界恐慌に類するであろう。
人は前進には強いが、後退には弱い。前進は安易にできるが、後退するには強烈な勇気と大胆な決断、そして綿密な計画と細心の判断力が必要とされる。ゆえに登山では登頂成功と共に「引き返す勇気」が称えられる。
全員が無事に下山するためには、リーダーの確信に満ちた指導力と強力な意志、それに、なによりも全員一丸となることが必要である。
オバマ氏登場で条件は整いつつあるが……。
Epilogue
人間だけが音の出る道具を使いこなし、音程とリズムと意味のある叫び声を発する。
人間だけが音の意味を理解し、雑音を嫌い、楽音を好み、味わうことができる。
(短歌抄「音楽」のまえがき)
人生は苦しい、分からないことだらけだ!一生つれそっても、理解しあえない夫婦もいるし、一瞬で理解しあえても、すぐに別れてしまう夫婦もいる。人々をつなぎ止めているものは、いったい何なのだろうか。みな違う。それを探し当てようとして、みな懸命に生きている。
「苦しくて、不可解だなぁ!月見草!」
(魔界、そして非情な世界2)
「お目出とう」の本来は「お芽出とう」か。目と芽・歯と葉・花と鼻が同音同意の如きであるように、生と性も同音同様意である。むしろ、順序は逆で、性によって人の生は創られる。よって、人の根源は性であり、性なくして生はない。
(短歌抄「きぬぎぬ」のまえがき)
死ぬことは、ごく自然なことで、生まれることと同じこと。だから、生まれるときと同じように、むしろ祝福されること、と考えることもできます。
どちらも、ある種のトンネルをくぐることに似ているのかもしれません。ただ、生まれるときは産道という確固としたものが確認できるのに対し、死ぬときにはそのトンネルが眼に見えないので、誰もが不安になるのでしょう。人の一生はその見えないトンネルを探し求め続ける旅なのかもしれません。
(生と死の法則 )
突然に死が来るのではありません。生きた一日は死んだ一日。一見、生の終りに死があるように思えますが、生の中に死があるのであって、生の終りは死の終りです。すなわち、生死同時、生死同義なのです。
(生と死の法則 )
言葉以前の動物的発声が言葉として残ったものが感動詞なのではないでしょうか。「あー」に「れー」がついたもの、今では指示語をかねて「あれー」になっているものが「あわれ」だったのでしょう。それに対象物をつけて日本語として完成させたものが「もののあわれ」なのですから、原始日本人に近い情緒を持っている幼児こそ「もののあわれを知る」ことができて当然なのかもしれません。そして、それを徐々に忘れ去っていかなければ、この世知辛い世の中を生きて行けないことも、また当然なのかもしれません。
(「れー」は茨城方言で、いい・良い・すばらしいの意。茨城には地名・人名・方言などで多くの縄文語が残っている。『縄文語の発掘』鈴木健新読書社)
(ゾウさんとアリさん)
単に生きているから「いのち」なのではない。137億年前のビッグバンによる軽元素の生成と100億年前のスターバーストによる重元素の生成と48億年前の超新星爆発によって46億年前に生まれた奇跡の星に、38億年に
(花ちゃんと桃ちゃん)