6 菅平 ( すがだいら ) (縄文人の匂い、ぷんぷん!)

歴史的にも規模的にも日本有数のスキー場「菅平」の地番は「 ( おさ ) 」といいます。車で一回りすると小1時間もかかる「長」の1223番地がスキー場のある場所です。

この長というのはアイヌ語なのではないでしょうか。「オ」は「川尻」、「サ」は 札幌 ( さっぽろ ) の「サッ」にあたる「涸れる」という意味で「川尻が涸れる」ということでしょう。

花の百名山、「根子岳」は菅平のシンボルですが、これもアイヌ語で考えると「ナィコッ」で「 川跡 ( かわあと ) 」ということになります。

長の真ん中を流れている川は乾川か干川と同じ発音の 神川 ( かんがわ ) といいます。公認スキーコースがある 大松山 ( おおまつやま ) を最近は「パインビーク」なんていって宣伝していますが、これも音読みで、「タイショー」だと「森の滝」ということになります。大松山と根子岳の間、昔だったら森のど真ん中に、涸沢か空沢と同じ音読みの 唐沢 ( からさわ ) の滝があります。

滝の近くには縄文人が暮らしていた 岩陰 ( いわかげ ) 遺跡があって、出土品は菅平自然館に展示してありますから見学すると、勉強になるでしょう。

唐沢の滝                 岩陰遺跡

きまり 唐沢の滝   きまり 岩陰遺跡

上の2枚の写真をよく見てください。岩陰遺跡の左に土の部分が見えますね。実際にはこれが50bくらい、そのまま続いて唐沢の滝につながっているんです。ということは昔、滝の前は土砂で埋まっていて伏流水になっていたと考えられませんか?この場所は菅平のはずれで、文字どおりの平らな部分が終わって、再び急流に変わる所なので川尻ともいえるでしょう。アイヌ語は縄文語の北海道方言といわれています。縄文時代は1万年以上もありましたから、まず、川尻の乾いた珍しい場所が「 ( おさ ) 」と命名され、その後に土砂が削られて滝が出現し、また縄文語の「 大松 ( たいしょう ) 」という地名がつけられたとしてもおかしくはありません。

というわけで、菅平は縄文時代の物と言葉(地名として)の両方が残っている珍しい場所なんです。だから、もし、この近くに 小山内 ( おさない ) さん、 長内 ( ながうち ) さん、 寒川 ( かんかわ ) さん、 氷川 ( ひかわ ) さんなどが 昔から住んでいらっしゃったら縄文時代から続いている家系の方かもわかりません。その方たちの本来の意味は涸沢さん、ということになります。

では通称の菅平とは、なぜいわれるようになったのでしょう。「 ( すげ ) が生えていたから」というのが一般的な理由でしょうが、地形から考えると、 四阿山 ( あずまやさん ) の火山灰が神川をせき止めてできた湖が埋まったわけですから、「 州処 ( すが ) 」かもしれません。それとも、志賀高原などの、 氷処 ( しが ) が変化したのでしょうか。志賀高原は群馬県境、内山峠近くの志賀村の人たちが入植して付けた地名で気象条件がとても似ています。でも、もしかしたら 神川 ( かんがわ ) と同じ発想で菅平の重箱読み、 乾平 ( かんだいら ) (干平)の意味なのかもわかりません。

夏の日の夕暮れ、あれやこれや考えながら唐沢の滝のしぶきを浴びていると、縄文人になったような気がします。

 信濃なる 須我 ( すが ) 荒野 ( あらの ) ほととぎす

              鳴く声聞けば時過ぎにけり    万葉集東歌3352

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