たらちねの
「今日よりも明日は良い日になるでしょう」一日一度母はいうなり
オルガンを弾きて歌いし憶えあり「うさぎ追いしかの山」と母は
「嫌なことは三歩歩けば忘れる」と言われて百歩歩けども無駄!
口ぐせは「起きて半畳寝て一畳」 寝ても半畳 折れたる母は
九十余年愚直に生きし母の手は いざりながらも埃を拾へり
行く所また行く所楽しみを見つける人ぞこれ君子なり
鶯を鳴かせたこともあるわいな花のハルビン社交界では
無意識に母は宇宙と戯れし宇宙知らずに宇宙そのもの
幼き日母の作りし柏餅あの味はなしコンビニ製には
帰りなんいざ故郷の母のもと決めたる朝の光眩しき
お月見も桜紅葉もあと幾度従いまする天の配剤
好物は歯茎に染みる掻き氷
秋茜二つに折れし母の背に
たらちねの母の日入浴介助せり
生きて来たように死にゆく母を看る