哀しき秀吉くん

上野の博物館や美術館へ行ったとき、ついでに動物園に入ることがよくあります。私は猿が大好きなので猿山に直行します。

いました、いました。ボス猿の秀吉くんが。まことに勝手なのですが、お得意さんのよしみで私はボス猿に「秀吉」と命名してしまいました。猿が秀吉に似ているのか、秀吉が猿に似ているのか、ともかく秀吉の肖像画にそっくりだからです。

秀吉はいつも悠然としていて近寄りがたい風格をもっています。子猿が目の前のえさを横取りしても平気だし、ちょっかいを出してきても相手にしません。いかにも保護者であるという優しいまなざしを子供たちに向けています。子猿たちの母親はそれぞれ違っても自分の子供たちなのですから当然といえば当然でありましょう。

観察をしていると、何匹かのオスの中では秀吉の交尾回数が圧倒的に多く、しかも、たっぷりと時間をかけて念入りにしています。それに対して、若いオスたちは秀吉の目を盗んでオドオドしながら、いつでも逃げられるような体勢で、チョイの間しかできません。秀吉は目ん玉をひんむいて威嚇をすることもありますが、だいたいは「まぁ、しょうがねえだろう。…が分かってんだぞ、オレは…」といった雰囲気で知らんふりをしています。見上げたものですね。不肖ながら、わたくしも、あやかりたい、さずかりたい。

ところがであーる。

最近、DNA鑑定をしてみると、子種はボス猿に片寄らず平均していることがわかったそうです。オスには順位があり、1位・2位・3位と明確なランク付けがありますが、最下位のオス猿も最上位のボス猿も、ほぼ同数の子猿の父親、との検査結果が出たそうです。

あんなに、交尾の回数も質もちがうのに、どうしてでしょう。

まず、年齢の違いが考えられますね。ボス猿は社会的には成熟しているぶん、性的にはもう下り坂です。さらに、統率者としての責任や、いつ下克上に遭うかもしれないというストレスからも逃れることができません。それに最初の交尾と比べて2度目の交尾は、精子の数が半減どころか、10分の1にもなってしまうのだそうです。回数が多いと、あとのほうは空砲同然ということですね。

それに対して若いオスはチャンスに恵まれないぶん、精液の量も精子の数もあり余っているうえ、いきいきハツラツとしているわけですから、かないません。

目視観察でわかることは、あくまでも社会的体系でしかなく、生物的体系はDNA鑑定によるしかない、とのことです。このことは当り前ですがヒトにも通じます。

豊臣秀吉は側室の「ねね」に秀頼を産ませたことになっています。しかし、それまで16人もの側室を持ちながら子供のできなかった秀吉が60歳近くになってから突然、ねねを孕ませることなど、できるものでしょうか。しかも江戸時代の歴史書「 ( めい ) ( りょう ) ( こう ) ( はん ) 」によると、2度目に受胎した文禄元年9月、秀吉は朝鮮征伐出兵のため肥前名護屋に出陣しており、大阪城にはおりません(母親の葬儀のため923日から10日間は戻っている。第一子の鶴松は3歳で病死)。そのうえ生まれた秀頼は背が高く秀吉とは似ても似つかぬ好男子ゆえ、「ほんまに太閤はんのお子かいな」との噂が飛び ( ) ったと伝えられています。

ドラマなどではよく石田三成と、ねねとのラブシーンが出てきますが、三成も肥前にいたので、ねねとのチャンスはありません。子種の主は大野 治長 ( はるなが ) であろうと研究者の間では言われています。治長は、ねねの乳母の子ゆえ兄妹同然に育ち、美男子で身長は180pもあったそうです。

秀吉は、たぶん「知っていながら知らないそぶり」をしていたのでしょう。心中穏やかならずとも、そうせざるを得なかった秀吉を思うと哀れでなりません。

その秀吉の心を逆手に取って利用したねねの恐るべき ( さが ) 、さすがは信長の姪、家康がてこずったのも当り前。天もびっくり地もひっくり返らんばかり、とはこのことでありましょう。

もしも、この方たちの髪の毛一本、骨のひとかけらでも残っているなら、DNA鑑定をして欲しいと願うのは私だけでしょうか。

秀吉は 双六 ( すごろく ) 遊びのような途方もない計画を立てて大陸に進出しようとしますが、その動機の中には、この子種コンプレックスが隠されているような気がしてなりません。ねねのやり方が秀吉に八方破れの気持ちを引き起させたのかもしれません。

……とすると、幾千幾万の戦死者・殺戮され削がれた鼻や耳を塩漬けにされた人々・連行された陶工らなどの人生はいったい、なんだったのでしょう。

考えてみると、トロイ戦争・プトレマイオス王朝の崩壊・ ( ) ( かん ) 戦争・ ( あん ) ( ) の乱など世の東西を問わず、個人的なセックスコンプレックスが大戦争に発展してしまった例は枚挙に ( いとま ) がありません。

ヒトはなんとバカなことをするのでしょう。なぜ権力者は臆面もなく八つ当たりをするのでしょうか。

動物園の秀吉くんは、いつの日か若い者にボスの座を奪われ、メスが寄りつかなくなることを知っています。だって、自分もかつては若い者だったのだもの。

わかっているゆえ、むだな八つ当たりなんかしません。じっと哀しみに耐えるだけです。

あらゆる生物の遺伝子は集中繁栄が滅びの道に到ることを知っています。下克上とは突然変異が進化するメカニズムと同じことではありませんか。下克上は必然で、動物は自然の摂理に逆らわないということです。

子供のころ、わが家では雑種のオス犬「チンコ」(本当です)を飼っていました。近所の雅美ちゃんちではメス犬の「ラブ」を飼っていました。案の定、チンコは散歩などでラブと一緒になるたびに後から、のしかかろうとします。雅美ちゃんは「キャー、やめてぇー」などと悲鳴をあげます。その雅美ちゃんの声に反応したのか、自分の意志なのか、ラブは決してシッポを上げません。シッポを上げてもらわないことには、チンコは名前と同じものを使うことができません。むなしく空を切るだけです。私は自分が嫌われているような気がして情けない思いをしました。

つまり、メス犬は相手が気にいらないと、シッポで ( ふた ) をして交尾を拒絶するのです。一緒に遊んだり、散歩をしたりすることはOKなのですから、交尾の良し悪しはまた別なのでしょう。

ヒトには蓋がついておりません。はたして「進化した」といいきれるでしょうか。サルもヒトに近いせいか、しっかりした尻尾はなく、ボスから迫られたメスが交尾を拒むことはないようです。

よく、人を軽蔑するときに「犬にも劣る奴だ」などといいますが、犬の世界では、ねねのような生き方を、どう思うのでしょう。

「メスヒトのような奴だ」などといって軽蔑するのでしょうか。

雅美ちゃんちのラブや、動物園の秀吉くんは、ヒトよりも偉い!と私は思うのですが…。

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